高齢者賃借人入居の際のポイント
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はじめに
日本は高齢化が進む中で、高齢者が賃借人となるケースも今後一層増えてくると思われます。そのような中で、高齢者の方を賃借人として管理物件に入居させることには特有のリスクがあるということは否定できません。では、そのような高齢者を賃借人として入居させる場合どのようなリスク及びそのようなリスクにいかに対応するかについてみていきたいと思います。
連帯保証人などの民法改正がありましたのでその点についても触れておきたいと思います。
高齢者賃借人入居のリスク
高齢者が賃借人として入居した際に考えられるリスクとしては、以下のようなものが挙げられます
1 契約の有効性に関するリスク
高齢者の一部の方については、認知症等が進んでいる、あるいは、進行しているという場合には意思能力が問題となります。そのような状況の高齢者と安易に賃貸借契約を締結してしまうと、契約自体が無効となってしまう可能性があります。また、仮に入居者が被後見人や被保佐人であった場合には、後見人や保佐人の了承を得ない限り、契約が無効となってしまうリスクも存在します。
2 設備上のリスク
高齢者の多くは、身体機能が低下しており、些細なことでもケガをしやすいです。ですので、通常の賃借人であれば問題ない設備であっても、高齢者にとってはケガの要因となることは十分に考えられます。
入居した高齢者が室内設備に起因する形でけがを負った場合は、重傷化することも少なくなく紛争になるケースもあります。
3 病気のリスク
一人暮らしの高齢者の方々も増えているところ、このような入居者の場合、発見が遅れてしまうと、最悪の場合そのまま死亡する結果となり、多大な損害が発生してしまう可能性があります。また、高齢者の方々は、認知症をはじめとした精神的な病を発症している方も少なくありません。
入居した高齢者の方が近隣に何らかの迷惑や被害をかけてしまうことも考えられ、そのような対応におわれることになったり、他の方が退出してしまうなどの管理物件の価値低下を招くことになりかねません。
4 死亡のリスク
高齢者の方はそれ以外の方々と比べると、賃貸借契約継続中に病気等による死亡リスクは高いといえます。高齢者の一人暮らしについては、常に孤独死の可能性が付きまとうこととなります。仮に賃借人が物件内で孤独死し、かつ発見が遅れた場合、死亡された賃借人の方にとって痛ましいことであると同時に、賃貸人としては部屋の清掃費用をはじめとして、多大な損害を被ることになりかねません。
5 滞納のリスク
高齢者は定年退職後で仕事をしていない方が多く、年金頼りの生活をしてらっしゃる方が多いです。現状支給されている年金額はそれほど多いものとはいえないことを踏まえると、賃料が払えず滞納状態が生じてしまう可能性は否定できません。
リスクに対する対策
以上のようなリスクにどのように対応していくべきか解説したいと思います。
1 賃借人の現状について、賃貸借契約締結前にきちんとヒアリングを行う
賃借人の経済状況や収入、家族構成、親しい親族の連絡先等を契約締結前に確認することで、リスクがどの程度あるかを把握することができます。
2 賃借人以外の方の、緊急連絡先を記入してもらう
高齢者の方々は、病気や入院などにより、通常の賃借人と比べて緊急連絡先を利用する可能性が非常に高いです。そのような場合に備えて、確実に対応してもらえる緊急連絡先を契約締結時にきちんと記入してもらう必要があります。また、緊急連絡先を記入してもらった方に直接電話で確認をとって賃借人との関係が良好であるかどうかを確認するとよいです。
3 連帯保証人又は保証会社加入をしてもらう
高齢者の入居者は、どうしても賃料滞納のリスクや突然亡くなることにより賃借物件の毀損が生じるリスクがあります。そこで、そのリスクを軽減すべく、連帯保証人や保証会社をつけることは不可欠です。
最近の法改正で保証契約が無効になるおそれがあります。
民法改正により一般の個人である親族に保証を求める場合には限度額の定めのない保証(根保証)は保証契約無効となりますのでご注意ください。保証契約については保証の限度額を定めた上での契約が必要となります。更新時に従前の契約書を使用している場合には特に注意が必要です。
これまでの契約としては有効だったものが民法改正により無効になってしまう可能性があります。そのような場合、せっかく親族に保証人についてもらったのに意味がなくなってしまいます。
現在使用している賃貸借契約書が有効なものであるか、保証限度額をいくらに設定するかなど専門的な部分は弁護士にご相談ください。
本人確認のマニュアル構築
身分確認について参考になるのが、平成20年3月1日に全面施行された新しい法律で「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(以下「犯罪収益移転防止法」という。)です。
法で定められている取引だけでなくそれ以外の取引においても下記記載の本人確認の方法を確認した上で適切な本人確認のマニュアルなど作成されることをお勧めします。
本人確認などの実施義務
犯罪収益移転防止法では、法制定当初において全部で43の業種・事業者が「特定事業者」と位置付けられました(法2条2項)。同法では、この「特定事業者」に対し、一定の取引を行う際に本人確認等を実施すべきこと等を義務付けています。宅地建物取引業者も、この「特定事業者」の一つに位置付けられています(法2条2項36号)ので、一定の取引を行う際には、同法で求められる本人確認等を実施しなければなりません。
犯罪収益移転防止法の対象となる一定の取引は、特定事業者ごとに「特定取引」として指定されています。宅地建物取引業者については、不動産取引のうち「宅地又は建物の売買契約の締結又はその代理若しくは媒介」に係る取引が「特定取引」とされています(法4条1項、令8条1項4号)。宅地又は建物の「交換」や「貸借の媒介」等については、宅建業法の適用対象ではありますが、犯罪収益移転防止法の適用はありません。
犯罪収益移転防止法では、「特定事業者」に対して、「特定取引」を行う際に次の4つの措置の実施を義務付けています。
1 本人確認の実施 (法4条)
2 本人確認記録の作成・保存(法6条)
3 取引記録の作成・保存 (法7条)
4 疑わしい取引の届出 (法9条)
1―1 本人確認の実施(顧客の確認)
特定事業者は、特定取引を行うに際し、顧客から運転免許証等の本人確認書類を提示してもらう等の方法によって、その顧客の本人特定事項を確認しなければなりません。
本人特定事項というのは、顧客が個人であるときは、その個人の氏名・住居・生年月日をいい、顧客が法人であるときは、その法人の名称(商号)と本店所在地をいいます。
この本人特定事項を確認することを「本人確認」と称しています。
本人確認をするに当たっては、顧客の区分(個人・法人の別)ごとに、それぞれ対面取引による場合と非対面取引による場合とに分けて、その方法(規則3条)と、用いることのできる本人確認書類(規則4条)が決められています。
区分 | 取引形態 | 確認方法 | 主な本人確認書類 | |
個人 | 対面取引 | 提示のみ法 | A | 印鑑登録証明書(特定取引に係る申込み等の書類に顧客が押印した印鑑に係るもの)、健康保険証、国民年金手帳、母子健康手帳、運転免許証、運転経歴証明書、在留カード、特別永住者証明書、パスポート、 住民基本台帳カード(氏名・住居・生年月日の記載のあるもの)、 官公庁発行書類(顔写真の貼付のあるもの/※一を限り発行されているもの以外は、顧客本人以外の者からの提示による確認は不可) |
提示+送付法 | B | 印鑑登録証明書(A欄記載以外のもの)、戸籍謄本・抄本、 住民票の写し、住民票記載事項証明書、官公庁発行書類(顔写真の貼付のないもの又は顔写真の貼付のあるものの代理人等からの提示によるもの) |
||
非対面取引 | 受理+送付法 | 上記A・B欄記載の書類(写しでも可) | ||
法人 | 対面取引 | 提示のみ法 | C | 登記事項証明書、印鑑登録証明書、 官公庁発行書類(商号・本店所在地の記載のあるもの)、 外国政府又は権限ある国際機関の発行した書類(外国法人の場合) |
非対面取引 | 受理+送付法 | C欄記載の書類(写しでも可) |
<確認方法に関する補足説明>
『提示のみ法』
顧客又はその代表者等(個人顧客の場合の代理人や、法人顧客の場合の代表者・役員・取引担当者など。以下同じ。)から、「主な本人確認書類」欄にある書類のいずれかの原本の提示を受けて、本人特定事項を確認する方法です。
『提示+送付法』
顧客又はその代表者等から、「主な本人確認書類」欄にある書類のいずれかの原本の提示を受けるとともに、その書類に記載されている顧客の住居(会社の場合は本店所在地)宛てに、取引関係文書を書留郵便等により転送不要郵便物として送付することによって、本人特定事項を確認する方法です。
『受理+送付法』
顧客又はその代表者等から、「主な本人確認書類」欄にある書類又はその写しの送付を受けて、その書類を本人確認記録に添付するとともに、その書類に記載されている顧客の住居(会社の場合は本店所在地)宛てに、取引関係文書を書留郵便等により転送不要郵便物として送付することによって、本人特定事項を確認する方法です。
※1)『受理+送付法』による場合は、受理した確認書類を確認記録に添付することが義務付けられています。
※2)『提示+送付法』又は『受理+送付法』による場合は、取引関係文書を書留郵便等により転送不要郵便物として顧客に送付することが必要です。
※3)上表に掲げる方法のほか、電子証明を活用する方法や、個人顧客の場合には、本人限定受取郵便を活用する方法もあります。
※4)確認方法の各呼称(『提示のみ法』など)は、宅地建物取引業者向けに分かりやすい表現として用いている呼称で、法令上の用語ではありません。
1-2 本人確認の実施(代表者等の確認)
実際の取引では、顧客が法人の場合、その取引でやり取りするのは法人の代表者や取引事務の担当者となります。同様に、顧客が個人の場合でも、その個人顧客本人と取引する場合に限らず、個人の代理人と取引が進められることもあります。
このような代表者等や代理人のように、顧客のために取引に当たる者を犯罪収益移転防止法では「現に特定取引の任に当たっている自然人」と定義し、「代表者等」と称しています。
犯罪収益移転防止法では、顧客の本人確認とあわせ、この代表者等についても本人確認を行うこととされています(法4条2項)。
確認方法は、個人顧客への本人確認の方法と同じ取扱いになります(規則3条1項1号、同4条1号・4号)。
1-3 本人確認の実施(顧客が「国等」の場合)
本人確認をすべき顧客の中には一部例外があり、その顧客のために現に特定取引の任に当たっている自然人を顧客とみなして、その自然人への本人確認のみを行えばよいとされるものがあります。(つまり、顧客自体の本人確認の実施は必要ないというものです。この場合の自然人を、法では「みなし顧客」と称しています。)
国や地方公共団体のように、その実在性が明確なものや、逆に、その実在性を公的書類等で証明することが困難な「人格のない社団・財団」、また、上場企業のように、厳しい上場審査を経ていることで、通常の企業に比べてマネー・ローンダリングを行うおそれが少ないと言えるものがこの例外対象の顧客として指定されています。
法では、「国、地方公共団体、人格のない社団又は財団その他の政令で定めるもの」(4条3項)と規定されています。独立行政法人や地方住宅供給公社もこの対象に含まれます。
[2]本人確認記録の作成・保存
本人確認を行った場合は、直ちに、本人確認記録を作成しなければなりません。
本人確認記録は、文書又は電磁的記録等(CD-ROM、USBメモリ等)によって作成(規則9条1号)し、取引が行われた日から7年間保存することとされています(法6条2項)。
本人確認記録への記録事項は、以下のとおりです(規則10条)。
1 | 本人確認を行った者の氏名 |
2 | 本人確認記録の作成者の氏名 |
3 | 本人確認を行った取引の種類と本人確認の方法 |
4 | 顧客の本人特定事項 |
5 | 代表者等による取引のときは、代表者等の本人特定事項とその代表者等と顧客との関係 |
6 | 国等との取引のときは、代表者等(みなし顧客)の本人特定事項とその代表者等と国等との関係及び当該国等を特定するに足りる事項 |
7 | 本人確認書類の提示を受けたときは、その書類の名称・記号番号と提示を受けた日付・時刻
※1)『提示のみ法』又は『提示+送付法』によって本人確認を行った場合 ※2)提示を受けた本人確認書類の写しを本人確認記録に添付する場合は、時刻の記載は不要です。 |
8 | 本人確認書類又はその写しの送付を受けたときは、送付を受けた日付
※)『受理+送付法』によって本人確認を行った場合 |
9 | 取引関係文書を顧客に送付したときは、送付した日付(交付したときは交付した日付)
※)『提示+送付法』、『受理+送付法』又は『本人限定受取郵便』によって本人確認を行った場合 |
10 | 本人確認書類とは別の書類で現住居又は現本店所在地を確認したときは、その書類の名称・記号番号 |
11 | 法人顧客について、本店に代えて営業所等に取引関係文書を送付することで本人確認を行ったときは、その営業所等の名称・所在地及びその営業所等の確認の際に提示を受けた書類の名称・記号番号 |
12 | 顧客が自己の氏名・名称と異なる名義を用いるときは、その名義と理由 |
13 | 取引記録を検索するための事項 |
本人確認記録の様式については法令上での指定はありません。
上記各事項を網羅した形で、各宅地建物取引業者において任意に作成していただく必要があります。
[3]取引記録の作成・保存
特定業務に係る取引を行った場合は、直ちに、取引記録を作成しなければなりません。
特定業務とは、宅地建物取引業者による不動産取引の場合、「宅地又は建物の売買又はその代理若しくは媒介に係るもの」とされていますので、特定取引に該当しないものでも、取引記録の作成が必要となる場合があり得ますので、注意して下さい。
取引記録についても、本人確認記録と同様に、文書又は電磁的記録等(CD-ROM、USBメモリ等)によって作成(規則13条)し、取引が行われた日から7年間保存することとされています(法7条3項)。
宅地建物取引業者が不動産取引に係る特定取引を行った場合の取引記録への記録事項は、以下のとおりです(規則14条)。
1 本人確認記録を検索するための事項
2 取引の日付
3 取引の種類
4 取引に係る財産の価額
5 財産の移転元・移転先の名義
[4]疑わしい取引の届出
取引に係る業務遂行の過程で、収受した財産が犯罪収益ではないかという疑いが生じたり、顧客が犯罪収益を隠匿しようとしている疑いが生じた場合等には、「疑わしい取引」として、速やかに行政庁(免許行政庁)に届け出なければなりません。
この際、どういった場合が届出の対象になるのかは、宅地建物取引業者において、不動産業界における一般的な知識と経験をもとに、顧客の属性や取引時の状況その他の情報を総合的に勘案して判断していただくこととなります。
なお、国土交通省では、この判断にあたり、特に注意を払うべき取引を類型化し、「不動産の売買における疑わしい取引の参考事例」として取りまとめておりますので、こちらも参考にしてください。
○「不動産の売買における疑わしい取引の参考事例(宅地建物取引業者)」H20.2.4版
「犯罪収益移転防止法の概要」(国土交通省)を加工して作成 (https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/sosei_const_tk3_000069.html)
老朽化した物件を建て替えたいので賃借人への明渡を求めたい
老朽化した物件を建て替えたいので賃借人への明渡を求めるにはどうしたらいいかというご相談はよくあります。まず、賃貸人と賃借人との通常の賃貸借契約なのか定期借家契約なのかを確認する必要があります。
定期借家契約の場合には、契約の更新がないことから、契約期間が満了した場合には、明渡しを求めることができます。したがって、老朽化した物件を建て替えることを予定している場合などには定期借家契約を締結するなどしておく必要があります。
定期借家契約に関するよくある誤解
定期借家契約というのは、単に契約期間が定められていればそれを定期借家契約と思ってご相談にこられる方がいます。賃貸借契約書とは別に、借地借家法上38条2項により必要とされている定期借家契約であることの書面交付と説明義務に不備がある場合、定期借家契約として の効力は生じません。
このような誤解や間違いが生じないように定期借家契約締結する場合には、宅建業者や専門家に相談した上で進めていく必要があります。
一般の賃貸借契約のケースでよくある誤解
契約期間が満了したとしても、直ちに明渡しを求めることはできません。契約の満了が定められていたとしても、明渡しを求めるためには、契約の更新を拒絶する正当な理由があることが必要です(借地借家法28条)。「正当な理由」がなければ契約の更新を拒絶することができず、契約が更新されてしまうのです。
借地借家法28条は強行法規(借地借家法30条)ですので、契約書上に更新しないことを明記していたとしても、契約は継続する形となってしまいます。
正当な理由とは何か
借地借家法28条において、建物の賃貸人による解約の申入については、建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができないと規定されています。
したがって、単に老朽化によって建て替える程度の理由では正当な理由があるとはいえず、立退料を支払う必要性がでてくるのです。立退料については、賃借人の不利益なども考慮されて決定されることになりますので一概にいくらが妥当とはいえません。
なお、老朽化の程度が著しく建物を建て替えなければ賃借人の生命などに影響を及ぼす可能性が高いケースの場合には正当な理由があると認められることもあります。
立退きを希望される方へ
裁判した場合、立退きを求めることができる可能性や賃借人とのこれまでの賃貸契約の状況、賃貸物件の現況などを総合的に考慮してどのような話で賃借人に話しをもっていくかを決定することになります。
方針を確定してから賃借人に話をしていかないと、単に高額な立退料を請求されて払うことにもなりかねません。できる限り立退きをしてもらうことが必要になりそうな場合には更新の契約のタイミングなどから専門家に相談し進めて行くことにより無駄な出費を避けることができるだけでなく紛争を予防することもできます。